大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

神戸地方裁判所 昭和48年(行ク)16号 決定

申立人 ゼー・エヌ・ジヤスワル 外四名

被申立人 法務大臣 外一名

訴訟代理人 細井淳久 外六名

主文

一  被申立人神戸入国管理事務所主任審査官の申立人プリテイ・ジヤスワル、同プリムラタ・ジヤスワル、同プラテイバ・ジヤスワルに対する昭和四六年五月八日付各退去強制令書に基づく執行は、いずれも昭和四九年三月一四日に至るまでこれを停止する。

二  被申立人法務大臣の申立人ゼー・エヌ・ジヤスワル、同ラダ・ラニ・ジヤスワルに対する昭和四八年一〇月二六日付各在留期間不許可処分の効力は、いずれも昭和四九年三月一四日に至るまでこれを停止する。

三  申立費用は被申立人らの負担とする。

理由

一  申立人らの本件申立の趣旨及び理由は、別紙(一)(二)記載〈省略〉のとおりであり、被申立人らの意見は別紙(三)(四)(五)記載〈省略〉のとおりである。

二  当裁判所の判断

(一)  (在留期間更新不許可処分の効力の執行停止について)

1  申立人ゼー・エヌ・ジヤスワル、同ラダ・ラニ・ジヤスワルの申立は、在留期間更新不許可処分の効力の停止を求めるものであるが、先ず右不許可処分の効力の停止を求める訴の利益があるか否かにつき検討する。

ところで在留外国人に対して在留期間の更新を許可するや否やは法務大臣の広範な自由裁量にまかされていることは明らかであるが、在留期間更新の許可を与えなかつたことにつき裁量権の濫用ないし逸脱がある場合には違法となるから、この法務大臣の不許可処分の適否が裁判所の審判に服すべきことは、当然であるといわなければならない。

そして在留期間不許可処分はたとえ効力が停止されても、法務大臣に在留期間更新の許可を命ずることにはならないし、況んや在留外国人が在留期間更新の許可なく本邦に在留する権利を取得するに至るものではなく、ただ不許可処分がなかりしと同じ状態が作出されるにすぎない。然し乍ら出入国管理令が、その二一条において、在留期間更新を受けようとする外国人は、法務大臣に対し在留期間更新の許可申請をしなければならず、法務大臣は、右申請があつた場合には、在留期間の更新を適当と認めるに足りる相当の理由があるときは、これを許可することができる旨規定し、また二四条四号ロ、七〇条五号において、在留外国人が在留期間を経過して本邦に在留するときは本邦からの退去強制をされ、さらに刑罰に処せられる旨規定していることに鑑みると、法は、在留外国人に在留期間更新許可申請権を認め、これに対応して法務大臣は右申請に対し許否いずれかの処分をしなければならない義務があると一応考えることができるから右の見解に従えば在留期間更新不許可処分の効力の停止により、在留期間更新許可の申請をした者は、在留資格を取得するものでないこと勿論であるが、末だ申請に対し何らの処分もなかりしと同じ状態が作出され、その申請が権利の濫用にわたるなど特段の事情がない限り、たとえ旅券に記載された在留期間が徒過した後においても、許否いずれかの処分がなされるまでは、不法残留者としての責任を問われることなく、本邦に在留することができる法的状態におかれると解せられ在留期間更新不許可処分の効力の停止は、申請人にとつては右の如き法的期待を存させるものであるので、これを認める利益があるものというべきである。

2  そこで申立人ゼー・エヌ・ジヤスワル及び同ラダ・ラニ・ジヤスワルが本件不許可処分により回復困難な損害を避けるため緊急の必要が生じるか否かについて検討する。

申立人ゼー・エヌ・ジヤスワル、同ラダ・ラニ・ジヤスワルはいずれもイギリス国籍を有する外国人であるが、ゼー・エヌ・ジヤスワルは昭和四六年一二月七日、ラダ・ラニ・ジヤスワルは昭和四五年五月一二日いずれも裁判所出頭の目的で短期入国査証により本邦に入国し、大阪入国管理事務所伊丹空港出張所入国審査官から出入国管理令四条一項一六号、特定の在留資格及びその在留期間を定める省令一項三号の在留資格者として在留期間ゼー・エヌ・ジヤスワル六〇日、ラダ・ラニ・ジヤスワル一八〇日の上陸許可の証印を受けて本邦に上陸し、その後在留期間の更新を重ねてきたが、昭和四八年九月一七日在留期間更新の許可の申請をしたところ、同年一〇月二六日在留期間更新不許可処分の通知を受けた。しかしてゼー・エヌ・ジヤスワル及びラダ・ラニ・ジヤスワルは本件不許可処分によつて出入国管理令二四条四号ロ該当者となつて収容され、さらに退去強制令書の発付を受ける可能性は極めて大である。

ところでゼー・エヌ・ジヤスワル及びラダ・ラニ・ジヤスワルを当事者とする訴訟として現在(1) 大阪地方裁判所昭和四二年(ワ)第五一九四号共有権確認請求事件(原告アマルナス.セツト、被告ゼー・エヌ・ジヤスワル、被告申請の被告本人尋問が採否末定のまま残されている。)、(2) 大阪地方裁判所昭和四四年(ワ)第一一四六号保存登記抹消登記手続請求事件(原告ゼー・エヌ・ジヤスワル、被告アマナツ・セツト、(1) 事件の関連事件で(1) 事件の証拠調の結果を待つて進行の予定。)、(3) 神戸地方裁判所昭和四四年(ワ)第四七四号持分払戻金請求事件(原告アマルナツト・セツト、被告ゼー、・エヌ・ジヤスワル外一名、なお証拠調末了。)、(4) 大阪高等裁判所昭和四八年(ネ)第九三九号報酬支払請求控訴事件(控訴人ゼー・エヌ・ジヤスワル、同ラダ・ラニ・ジヤスワル、被控訴人鈴木透、次回期日昭和四九年三月一四日で控訴人ゼー・エヌ・ジヤスワル本人尋問の予定)が係属し、またゼー・エヌ・ジヤスワルは、エー・エス・ジエーンと法務大臣間の東京地方裁判所昭和四八年(行ウ)第一〇号在留期間更新不許可処分取消請求事件の証人として昭和四九年二月八日同庁へ呼出を受け、そしてゼー・エヌ・ジヤスワルとラダ・ラニ・ジヤスワル間には長女プリテイ・ジヤスワル(二二才)、次女プリムラタ・ジヤスワル(一八才)、三女プラテイバ・ジヤスワル(一四才)の三人の子供らがあり、子供らは昭和四五年七月三〇日香港から両親と同居するため本邦に入国して以来、その間後記のとおり退去強制令書の発付を受けたことはあるが、両親の下で生活している。

本件記録によれば以上の事実は疏明されたものと認められる。しかしてゼー・エヌ・ジヤスワル及びラダ・ラニ・ジヤスワルが前記退去強制令書の発付に基づく執行により収容された場合には、同人らの身体の自由を拘束されその後、さらに送還の措置がとられると、ゼー・エヌ・ジヤスワルにおいては、大阪高等裁判所において昭和四九年三月一四日に予定されている控訴人本人尋問は、それまでに所定の手続を経て改めて本邦に入国することになるが、右期日迄に本邦に入国することは種々の困難を伴うものと推認され右期日の出頭不可能となる虞があり、右訴訟の進行に著しい支障をきたすことともなりかねないし、ラダ・ラニ・ジヤスワルにおいては、夫ゼー・エヌ・ジヤスワル及び子供ら家族との家族生活は破壊されることにもなる。

以上のとおりであるから申立人ゼー・エヌ・ジヤスワル及び同ラダ・ラニ・ジヤスワルらには本件不許可処分の効力の停止を求めることにつき、昭和四九年三月一四日に至るまで回復因難な損害を避ける緊急の心要性があるといわなければならない(これに反する被申立人の主張は採用しない。)。

ところで申立人ゼー・エヌ・ジヤスワル及び同ラダ・ラニ・ジヤスワルは、同人らが当事者となつている前記訴訟は訴訟代理人により訴訟の追行がなされているものの、事件が複雑で且過去のものであるので、同人らが本邦に在留して訴訟代理人と連絡をとりつつ訴訟を進行させる必要があり、また同人らが一旦出国すれば、必要なとき改めて本邦に入国することは極めて因難であるから、出国すれば前記訴訟の進行を著しく困難にし、そして同人らが収容手続等で身柄を拘束されると同人らが養育の責任を負う三人の子供らはその日から生活に困ることになる。従つて同人らは本案判決の確定に至るまで回復困難な損害を蒙るおそれがありこれを避けるべき緊急の必要があると主張する。

然し乍ら行訴法二五条一項は執行不停止の原則を定め、厳格な要件(同条二、三項)の下でのみ、裁判所が行政処分の効力等の停止をすることを認めている。この執行停止制度の趣旨に鑑みると、当該処分より生ずることのある回復困難な損害は之を具体的に考察し、且右の損害の回避のため必要な限度で、当該処分の効力等の執行を停止するのが相当と解される。そして申立人ゼー・エヌ・ジヤスワル及び同ラダ・ラニ・ジヤスワルは法廷出頭のため短期間の在留を認められて本邦に在留したところ、その後在留期間の更新を重ね、入国以来既に二年以上本邦に在留し、入国当初許可された短期の入国目的は充分に達したものといいうるし、また前記訴訟も現段階においてはゼー・エヌ・ジヤスワルの出頭が要請されているのは大阪高等裁判所の昭和四九年三月一四日の控訴人本人尋問のみにすぎず、他の本人尋問の期日は末定である。しかも前記訴訟はいずれも訴訟代理人により追行されているし、同人らは同月一四日より以後入国に多少の困難はあるにしても、法延出頭の必要があれば再入国も可能である。してみると現時点においては、同人らは、不許可処分の効力の停止により、昭和四九年三月一四日に至るまでは回復困難な損害を避けるため緊急の必要があると認められるが、本案判決の確定に至るまで緊急の必要があるとは認め難いというべきである。

3  被申立人は本案訴訟について理由がない旨主張するが、現在までになされた主張及び疏明からは、いまだ「本案について理由がないとみえるとき」(行訴法二五条三項)に該当すると断ずることは出来ず、結局今後の本案の審理の結果を待つほかない。

また不許可処分の効力を停止することが、「公共の福祉に重要な影響を及ぼすおそれがある」とも認められない。

(二)  (退去強制令書の執行停止について)

1  申立人プリテイ・ジヤスワル、同プリムラタ・ジヤスワル、同プラテイバ・ジヤスワルが本件退去強制令書の執行により回復困難な損害を避けるため緊急の必要があるか否かについて検討する。

神戸入国管理事務所入国審査官は、昭和四五年一二月二一日、申立人らが出入国管理令二四条四号ロに該当すると認定したので、申立人らはこれに対して出入国管理令四八条により口頭審査の請求をしたところ、同所特別審査官は同日右入国審査官の認定に誤りがない旨判定した。申立人らは右判定に対し、直ちに法務大臣に対し出入国管理令四九条により異議の申立をなしたところ、法務大臣は昭和四六年四月一四日申立人らの異議申立を理由なしと裁決し、この通知を受けた被申立人は同年五月八日付で申立人らに対し送還先を香港とする退去強制令書を発した。申立人らは同日神戸入国管理事務所に収容され、即日仮放免され、その後仮放免期間延長を重ねてきたが、右仮放免期間は昭和四八年一一月二四日をもつて満了し、その期間延長の可能性も極めて少ないので、右期間満了後右令書に基づく執行がされるおそれがある。

本件記録によれば以上の事実が疏明される。

ところで申立人らが右令書に基づく執行により収容されると申立人らの身体の自由を拘束されるため、父ゼー・エヌ・ジヤスワル、母ラダ・ラニ・ジヤスワルの両親との家庭生活は破壊されるに至り、さらに送還されるに至れば、両親の監護の下を離れることになり、生活の基礎さえ失うことになる。従つて本件退去強制令書に基づく執行により、申立人らに生ずる回復困難な損害を避けるため緊急の必要があると認められる。但し前記の如く申立人らの両親であるゼー・エヌ・ジヤスワル及びラダ・ラニ・ジヤスワルの在留期間不許可処分の効力の停止を求める緊急の必要性は昭和四九年三月一四日までと考えられるので、申立人らの退去強制令書に基づく執行の停止を求める緊急の必要性も同日までとするのが相当である。

2  被申立人は、本件の本案訴訟のうち各退去強制令書の発付処分の取消を求める部分は、出訴期間を徒過した不適法なものであつて、本案について理由がないことが明らかであると主張するが、右取消訴訟の出訴期間は申立人らの主張するとおり行訴法一四条三項但書の正当な理由があると解する余地がないわけではなく、現段階において直ちに右本案訴訟が不適法とすることはできない。

そしてその他本件が本案について理由がないとみえる場合また公共の福祉に重要な影響を及ぼすおそれがある場合に当ることを認むるに足りる疏明はない。

三  以上の次第であるから、申立人らの申立てた執行停止のうち、いずれも昭和四九年三月一四日に至るまで停止するのを相当と認め、これを認容することとし、行訴法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 松浦豊久 鈴木清子 小山邦和)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例